2025/08/25
社長
バチバチの競合他社とお酒を飲んできたった②

①の続き~
話が脱線しすぎましたが、もう少し続けます。
まあ、そんなこんなで
「プランニングホーム倉吉」を立ち上げました。
倉吉市の中心街、
上井付近(山根)にてお店を構えましてね。
パープルタウンの真ん前です。
貸店舗をキレイにおしゃれにリフォームしたんですけど、
当時の店舗写真がPC内を探しても
どうにも見当たらない。。
その代わりに
掲載NGな写真なら多数見つかったんですけどね(笑)
というわけで無理を言って、
旗揚げメンバーの一人、設計士K(コハマン)に
当時の写真を送ってもらいました。
↓



おお。
センスいいな~。
雑貨屋も兼ねた工務店、
そんなコンセプトで店舗を改装しました。
雑貨は2つくらいしか売れなかった。。
ちゃんとレジとかも設置したのに(笑)
本当に0からのスタートでしたから、
まずは建築業の免許登録。
それから、設計事務所登録も併せて行いました。
みやけ工務店に在籍したままだったなら
経験することもなかった作業です。
設計事務所名はわたくしの娘の名前を引用して
「HARUNOデザイン」
とネーミングさせていただきました。
「三宅君の好きな名前で登録していいよ」と、
寛大な社長さんでした。
建設会社名の「プランニングホーム」も、
皆であれやこれやと意見を出して決めたのですが、
わたくしが提案した「姉歯ホーム」は
なぜか秒で却下されたんですよね。
意気揚々と新事業を立ち上げましたが、
最初から経営は順風満帆なんてことは有りませんでした。
そりゃそうですよね。
立ち上げたばかりの実績も知名度も何もない建築屋に、
一生の買い物であるマイホームを託す人はそうはいない。
みやけ工務店に勤めていた頃は
受注が常に有るのが当たり前でしたが、
一件の仕事を頂くってこんなに大変なんだと
今さらながらに痛感いたしました。
そして受注が無ければ、給料も出ません。
家族も養えません。
受注が増えない、どうしよう。。
頭を抱えてわたくし一人だけで残業をしていると、
一人のご婦人が訪ねてこられました。
時刻はとうに閉店時間を過ぎており、
主要な店舗照明は消していました。
「営業時間は終わっているようですが、ご相談できますか?」
。。。。
うぉおお!!
マジですか~!!
全然大丈夫です!!すぐに照明を点けます!!!
ってなもんで、
初の飛び込みのお客様を応対いたしました。
ご婦人はフランチャイズ系の大手工務店に相談しているけれども、
契約しようか悩まれているご様子でした。
大手工務店にしようか、我らプランニングホームにしようか、、
悩まれながらも何度か来店していただき
お話を進めていきました。
こっちは旗揚げしたばかりの無名の小さな会社、
競合はフランチャイズ加盟の大手地元工務店。
普通に考えたら勝てる見込みはないけども、
できる限りの努力をやるしかない!

【当時4歳の娘 店舗応接間にて】
当時週末は
娘を職場で子守をすることもありました。
今じゃこんなことは無理ですけども、
小さな会社ゆえのゆるさと言いますか、
アットホームで牧歌的な環境でありました。
わたくしが接客など仕事の傍らで、
娘は折り紙をしたり
お絵描きをして時間を過ごしていました。
その様子を例のご婦人も、
商談中温かく見守ってくださりましてね。
そしてご婦人は大手工務店ではなく、
我らプランニングホームをお選びになり、ご契約の運びとなりました。
契約の決め手を
こうおっしゃっておられました。
「娘さんが折り紙できれいに折り鶴を折ってたのよ。
紙の端と端をキレイに丁寧に合わせてね。」
{こんな丁寧な折り紙ができる娘さんなら、
お父さんもきっと丁寧な仕事をしてくれるんじゃないかな?
そう思って決めたのよ」
ありがたいお言葉でした。
今、私の机は書類が散乱していて
めちゃくちゃ汚いんですけど全力で整頓します!!
仕事が無かった時代のことなので、
非常に印象に残った受注の一つですが、どのお客様も同じです。
一生のお家を託していただけたことに代わりはないのです。
全てのお客様には感謝しかありません。
そしてこれは私と娘の手柄だと言いたいわけじゃないんです。
全くそうではありません。
社長として全責任を引き受け、
また営業を全力でしてくれた谷本社長のおかげであり、
プラン作図など一生懸命サポートしてくれた設計士Kのおかげなんです。
そんな黎明期を過ぎ、
プランニングホーム倉吉は急成長し、現ウッズカンパニーとなりました。
当時の谷本社長は現在は一線を退き、
息子さんが後を継いでおられます。
若き2代目社長です。
とは言っても、
私にとっては一緒に働いた後輩・かずちゃんって感じで
先輩後輩の仲なんですけどもね。
そんな若社長と先日ばったり居酒屋で再会しまして、
「三宅さん、今度飲みに行きましょう!」
という話になり、去る8/22に一緒に飲んできました~。
「今度飲みに行きましょう!」
ってほとんど社交辞令ですけども、
社交辞令にしない積極性はお父さんに似ているなぁと思った次第です。
ご招待していただいたお店は
「名代 笹すし」

さすが、若社長。
先輩のために奮発して、
高いお店を予約してくれたんだなぁ~と感激。
「ここの笹すしさん大好きで、
しょっちゅう通ってるんですよ~」
おいおい。
32歳の若さで行くお寿司屋さんて、
くら寿司とかスシローじゃねーの??
奮発して北海道でしょうよ?
しゅっちゅう通える店じゃないんだけど??(庶民代表)
普段は競合としてバッティングすることも多い我らですけども、
今日はそんなことは関係なし。
ただの先輩後輩としてお酒を酌み交わし、
楽しいひと時を過ごしました。
翌日、LINEにて若社長よりブログ掲載の許可をもらったので、
昔話を書かせてもらいました。
今のウッズカンパニー社員で、
旗揚げ当時のこんな話を知っているのは
設計士K(コハマン)くらいかなぁ。。
懐かしいです。
~終~

【店長就任時】
※注
反社勢力ではありません(2回目)










